【失敗しない導入法】賢いフリーアドレスとは?メリットとデメリット
コロナウイルスの世界的な流行は、働き方を見直さざるを得ない状況を作り出しました。
コロナ禍終息後を見越したリモートワークやサテライトオフィス制度導入は敷居が高いと感じていても、フリーアドレス化については前向きな企業が増えています。
今回は、その特徴と具体的な導入プロセスまで順を追って一緒にチェックしていきましょう。
目次
フリーアドレスとは
フリーアドレスを理解するにはまずオフィスの歴史を紐解かなければなりません。
1971年のIBMのレポートにはノンテリトリアルオフィスについての記述を確認することができます。商品開発部門でコミュニケーションの機会を増やすことを目的に検討されたこのコンセプトは、個人が働く場所を自由に選んで仕事をするという、コワーキングやABWの先駆けということができます。
当時の企業も働き方に問題を抱え、新しい働き方を模索していたことが伺えます。
それから15年以上のち、1987年に日本でフリーアドレスが発案されます。清水建設の技術研究所において狭かった1人分のデスクスペースを増やす目的で試験的に導入されました。これは、2人の従業員が2人分のデスクを交代で使えば1人で使っているときのデスクスペースが2倍になるというシンプルな発想から生み出されました。
その後、ノンテリトリアルオフィスの考え方も組み合わせられ、好きな場所に座って仕事ができるシステムというように解釈されるようになり、最終的にはフリーアドレスとノンテリトリアルオフィスは同一のものとみなされるようになりました。
さて、このフリーアドレスの考え方は海外にも広まりました。英語圏では主にhot-deskingと呼ばれており、その名前の由来は16世紀の海軍にまで遡ります。船室でベッドが足りなかったため、下級の乗組員が交代で使用することになったのですが、前の使用者の「ぬくもり」でベッドが温かかったのでhot-bunkingと呼ばれるようになりました。この制度は今日の海軍においても、船内のスペースを最大化するために現役で活用されているそうです。
1980年代後半から1990年代初頭にかけて、設備をメンバーで共有するという概念がオフィスにも導入され、机と椅子を共有する働き方はhot-deskingと呼ばれるようになりました。当初はロンドン、ボストンや上海といった大都市の小規模なオフィスのみで重宝されていましたが、業態的にシフト制を導入していた大企業にもだんだんと広がりを見せました。
しかしながら、当時はまだノートパソコンもスマートフォンもない時代。日本でも世界でもこれらの先進的な働き方の普及は限定的でした。
・フリーアドレスの目的
上記でも触れたように、当初は1人当たりの作業スペースを広くする目的でフリーアドレスが開発されましたが、90年代から2000年代にかけてその概念は歪められ、全く逆の形で解釈されるようになりました。
パソコンの普及とペーパーレス化に伴い、フリーアドレスはスペース効率を上げるための手段として用いられるようになります。
例えば、1人分のスペースを2人で共有するようにレイアウトを組めば、借りる面積は半分で良くなります。こういった解釈のされ方が主流となり、フリーアドレスを導入しても狭くて働きにくいオフィスになるだけだというイメージが定着し、固定費を下げるための飛び道具という汚名を着せられてしまいます。
2010年代に入ると、量より質、ハードスキルよりもソフトスキルを重視するようにビジネス環境は完全に移行します。新しい価値、市場を生み出すため、他部門、他業種との協力、協業が当たり前となりました。時代背景に合わせ、オフィスも単なる作業場から、現状を素早く正確に分析したり、斬新な発想、独創的なサービスや商品を生み出すためのコミュニケーション、コラボレーションの場として変化していきます。次第にフリーアドレスという概念も再構築、再評価されるようになります。
オフィスでのコミュニケーションの機会を増やす目的で導入されることが増え始めたのです。
こうして歴史を見てみると、使い方次第でオフィスの環境を大きく左右してしまうのがフリーアドレスであると言えそうです。
したがって、うまく使いこなすためにはこれから述べるポイントを押さえておくことが大切になってきます。
フリーアドレスのメリットデメリット
フリーアドレスには様々な長所があると同時に短所もあります。その両方を把握することで効果を最大化し、問題が発生しないように対処することができます。
・メリット
-コミュニケーションの改善
特に大企業に勤めている人にとって、毎日同じ席に座る環境では他の部署の人と接点があったとしても、業務上の会話のみでしょう。そのような環境では、同じ会社で働いていたとしても最後まで関わり合うことがありません。
しかし、フリーアドレスが上手く機能しているオフィスでは毎日違う人が近くに座り、顔を合わせることになります。隣同士に座ったことで、これまで全く接点のなかった人に筆記用具を借りることになるかもしれませんし、プロジェクトで一緒になったことのある他部署の人であれば、有意義な情報を交換できるかもしれません。
フリーアドレス化によって物理的、心理的な隔たりが緩和されれば、より自由度の高い交流を促すことができます。
-モチベーションの向上
用意された席にそこに座れと言われて座るのと、毎日自分の意志で目的をもって席を選び、仕事に取り掛かるのとでは従業員の心理に違いは生まれるのでしょうか。
選択することとモチベーションの関係について、心理学の、特に教育の分野において有名な「自己決定理論」と呼ばれる理論があります。端的に要約すれば、人は物事に取り組むときに自己決定度合いが高い程、より前向きに取り組めるという理論です。
自らやりたいと思って始めた習い事と、親にいわれて始めた習い事とでは子どもの取り組み方は大きく異なります。この心理的な働きは大人になったとしても根本的な部分では変わりません。この理論の中で、自律性は人間が幸福に生きるために必要不可欠なものと位置づけられています。
つまり他者ではなく自分が自分自身をコントロールしたいという欲求は元来から人間に備わっており、自己裁量の度合いが多ければ多いほど人はやる気になるといえます。
結果として、働く場所を自分で選ぶことは働く人のモチベーション向上につながります。
-変化に対して柔軟に対応できる
多彩な働き方が主流になった時や、パンデミックなど不測の事態が起きた時、フリーアドレス化されたオフィスではより柔軟に対応することができます。
出社率に合わせて座席数を変更したり、オフィスの面積自体を減らすことに対しても、ハードルをより低くすることができます。
物理的な観点では、デスクやイス、書類も共有物として扱われ、個人の持ち物はロッカーに格納し、オフィスは物が置かれていないクリーンな状態を保つことができます。
したがって従来型のオフィスに比べれば、レイアウト変更や引っ越し作業も格段にやりやすくなります。
加えて、フリーアドレスが日常のオフィスでは、従業員が環境に頼らない働き方を身に着けることができるという点で非常に有益です。そうした従業員は急に在宅やサテライトオフィスで働くことになったとしても簡単に適応する傾向にあります。
フリーアドレス化はオフィスだけではなく、そこで働く人々を柔軟な思考の持ち主に進化させることができると言えるでしょう。
・デメリット
-コミュニケーションの悪化
フリーアドレスはコミュニケーションの機会を増やしますが、使い方を間違えると質を低下させることになります。
適切なルール決めや必要な施策を打たずに導入した場合、まず始めに誰がどこに座っているかわからないという問題が発生します。
これは特に新入社員や若手を多く抱える企業、管理者にとって大きな障壁となります。また、チームで仕事を進めるにあたっては、物理的に場を共有することでチームの雰囲気やメンバーの表情から、言葉を交わす以上に沢山の情報を得ることができます。
チームの人間が必ずしも近くにいないフリーアドレスではそういったことが難しくなり、必然としてコミュニケーションの質は低下し、チームの、ひいては企業全体の士気の低下につながる可能性もあります。
-業務効率の低下
フリーアドレス化されたオフィスではオフィスに出向くたびに書類をロッカーから取り出し、席を選択し、外出や帰宅の際はロッカーに持ち物を戻すことが義務付けられます。この一連の作業は、人によってはかなりの負担となるかもしれません。
また、フリーアドレスは基本的に交流を促すための働き方です。常に誰かが話しかけてくる環境では、集中したい時やコミュニケーションを好まない従業員の業務効率に悪影響を及ぼす恐れがあります。
さらに、部署内やフロア内フリーアドレスなど適切なルールを設けずに、オフィス全体をフリーアドレス化してしまうと、緊密な連携が必要なチーム内でのコミュニケーションが減少し、情報の共有がスムーズに行えないなど効率が悪くなる可能性があります。
-帰属意識の低下
固定席でしか働いた経験のない従業員はかなりの割合で、自分のデスクがなくなることはオフィスに居場所がなくなることだと感じているようです。
これはフリーアドレス化されたオフィスでは自分のテリトリーが無くなり、全て共有化されることから生じます。これに対して対策を怠ると、従業員の企業への愛着や帰属意識が低下してしまう恐れがあます。
誰がどこに座っているのかスムーズに把握できない状態ではチームや部署の管理者のケアやサポートが届きづらくなったり、経営陣のメッセージが行き渡らなくなったりする可能性があります。
帰属意識の低下によって、離職率が上昇する事態にまで発展したケースもあります。
・注意点
メリットとデメリットを見てみると、オフィスをフリーアドレス化しさえすれば何か変わるだろうといった考え方や、フリーアドレス導入自体を目的にした考え方では立ち行かなくなることが良くわかります。
フリーアドレスの特性を理解し、導入する目的と求める効果を明確にすることが重要です。それと同時に、上手く定着させるために利用法の策定、周知、問題が起きた際の実効施策の検討などを行い、フリーアドレスは導入して終わりではないことを理解しておきましょう。
フリーアドレスを導入する前にすべき準備
それではフリーアドレス化するにあたり、具体的にどのように準備をすれば良いのでしょうか。実際の失敗例を見ながら考えてみましょう。
日中はほとんどのメンバーが外出しており、オフィスが閑散としているA社。
スペースを効率よく使おうと、フリーアドレス化してデスク数を減らし、今風のおしゃれなカフェスペースを設けました。カフェスペースがあれば、オフィス環境への満足度も向上し、従業員同士のコミュニケーションも増えるだろうと考えたのです。
レイアウト変更後、全員出社する月初めに席が足りないことが発覚し、数十名の従業員は座ることすらできませんでした。その上、カフェに設置された家具はPC作業に向いておらず仕事にならない状態に。従業員からは働きにくいという不満が相次ぎました。
さて、A社は何を間違えてしまったのでしょうか。
・現状の問題点と原因の把握
まず第一に現状の問題点と原因を把握できていなかったことが挙げられます。
働く環境に問題を抱えていたとしても、それを改善しようとフリーアドレス化にすぐに踏み切るのは問題点をさらに悪化させるだけかもしれません。
A社の場合、なぜオフィスが閑散としているのかという現状の問題点を掘り下げられなかったたことが失敗につながったと考えられます。
オフィスに空席が目立つとスペースが無駄に思えるかもしれません。実際に従業員の大半が外回りの多い現場重視の営業職である場合、使用されていない面積を効率よく使うためにフリーアドレスの検討を考えても良いでしょう。
しかし、中にはオフィスの環境が悪く集中できない、もしくは作業しにくいなどの理由でオフィスを利用せず、最寄りのカフェで仕事をしている従業員もいるかもしれません。
もしそうなのであればフリーアドレスを導入する前に従業員が戻ってきたくなるオフィス環境を構築することの方が先決です。
・実際の働き方の確認
そして次に、従業員の実際の働き方を理解していなかったことも事態を悪化させてしまったといえます。
人が感覚的に感じ取っていることも現状のオフィス環境を把握する上では大切ですが、調査をしてみると感覚値と実際の数字は異なっていることがよくあります。オフィスに人がいないように見えたとしても、それは気軽にミーティングができるスペースがないため会議室にこもっているのかもしれません。またA社のように月初や月末には必ず全員がオフィスを必要とする企業もあります。さらに、時間軸によるオフィスの使われ方だけでなく、どんな方法で仕事をしているのか傾向を掴むことも大切です。オフィスにいるときは1人でPCに集中していることが多いのか、打合せやグループ単位での活動が多いのかなどを理解しておくことは、フリーアドレスをどのように導入するのか、どんな家具を使うのかなど検討する際に大いに役立ちます。
・目的の明確化
そして最後に、目的が明確でないままフリーアドレスを拠り所にしてしまったことも失敗の要因といえるでしょう。
当初はスペースの効率化を目指していたはずです。もしそれが本当の目的ならば導入後に、部分的にオフィスを返却してランニングコストを下げることや、一部を他社とのシェアペースにして賃料を下げつつ、交流を通じて従業員のスキルアップにつなげるスペースとして有効活用することもできたはずです。
しかしA社の場合、目的が最終的にはコミュニケーションの活性化に変化してしまい、従業員が不在にも関わらず立派な社内カフェスペースを作ってしまいました。
フリーアドレスを導入する前に、根拠だったブレの無い明確な目標を立てることは、より働きやすいオフィスを構築するうえで大切なポイントです。
フリーアドレスを導入すべき部署
現状のオフィス環境を把握する際に部署という単位は非常にわかりやすい単位ですが、フリーアドレス化がオフィス環境の解決策として適切かどうか部署ごとに判断する場合、それは導入する目的によって異なってきます。
・人事と経理は固定席という幻想
もし、部署間の垣根を超えたボーダレスなコミュニケーションを目的にするのであればフリーアドレスを全ての部署に導入すべきです。
テクノロジーによるサポートもあり、在宅勤務が不可能ではないことが分かった今、固定席でなければならない理由は無くなりました。
個人情報を取り扱う人事部や、集中が必要な経理などの部署はかつて固定席必須といわれてきましたが、調査の結果、終日そういった業務のみを行っているわけではないことがわかり、全社フリーアドレス化に踏み切った企業も多くあります。そういった部署のために特別なボックス席を設けるなどし、業務効率の低下を防ぎコミュニケーション活性化との両立を実現しています。
・知的生産性を向上させる必要のある部署
業務範囲の垣根を超えたコミュニケーションは気づきや発見をもたらし、新しい商品やサービスのアイディアをもたらしてくれます。
近年、オフィスでの業務は労働生産型から知的生産型にシフトしてきました。以前は単なる事務作業は知的生産ではないとされてきましたが、目まぐるしく変化するビジネス環境に対応するために、今やどの部署も創造性が必要とされるようになっています。業務内容に関わらず、有能な人材を生かし切れていないと感じる部署にこそ場所に縛られない働き方は必要とされているのかもしれません。
フリーアドレスを導入すべきでない部署
・業務効率の下がりやすい部署
業務の効率化を目的にフリーアドレス化する企業において、機密情報を取り扱ったり、集中力の必要な作業を行う部署は固定席とした方が業務効率を上げることができます。
近年のフリーアドレスは基本的にコミュニケーションを活性化させるための手段となっているため、集中したい時に話しかけられる可能性があり適切とは言えません。
さらに、集中用のブース席があったとしても集中するためにその都度書類を抱えて席を移動することは、業務効率化の観点でいうと非効率であると言えます。
業務効率という切り口でオフィスを考えた時はやはり、一般的な部署でいうと人事部や経理部は固定席が適切でしょう。
・エンジニアや研究者が在籍する部署
自分専用にカスタマイズされた作業環境でなければ効率が上がらないとされる開発系や、研究を生業としている人が多く在籍する部署は固定席かどうかがリテンションに関わるケースもあり、フリーアドレスは避けた方がよい部署に挙げることができます。
フリーアドレス導入の手順
では、検討段階を経て実際に導入することになった時、どうすればよいのでしょうか。
まず、フリーアドレスを企業全体で実施するのか、部署やチームなどのグループごとに区切って実施するのか自社の状況を鑑みながら確定する必要があります。もし、フリーアドレス化に対して一定以上の不安や抵抗が社内にあるのであればグループアドレスから始めるのが賢明です。
次に、座席率または出社率を何%に設定するかも重要なポイントとなります。緊急事態宣言下で「70%を目標に」など盛んに報道されていた数字のことを指します。この設定には、オフィス利用の人数、時間帯、使用時間などの数字上の情報と、企業の特性や従業員のオフィスの使い方などのソフト面、また設備などのハード面と、様々なことを想定しながら設定しなければなりません。したがって、初めは余裕をみて設定し、慣れたところで徐々に設定を低くするという段階的な手法をとる企業も少なくありません。
フリーアドレス化したとしても、企業や部署によっては全員分の席を用意する場合もあります。こちらはスペース効率というよりもコミュケーション活性化に力を入れている例です。
さらに、どのような機能をオフィスに持たせるのか選択する必要があります。通常の執務デスクのみの構成で実施するのか、ファミレス席や集中用のブースなど従業員の働き方に応じて必要と思われる新たな機能を盛り込むのかなど、機能面での検討が必要となります。それに伴い、通常のデスクの割合を何%まで減らすのか策定する必要もあります。
オフィスをどう構成するのかを考えるにあたり、実際にオフィスを使っている従業員の意見を募るのも方法としては有効ですが、アンケートまたはビーコンなどを用いてプロに調査してもらう方法もあります。
・フリーアドレス成功への道のり
現状のオフィス環境と従業員の働き方を正確に把握することができたら、理想との隔たりが明確になるはずです。その隔たりを埋めるために、コミュニケーションの活性化やスペースの見直しが必要であればフリーアドレスが有効である可能性があります。
しかし、フリーアドレスは導入したら終わりではありません。上手く活用されているか、従業員のモチベーションに悪影響を及ぼしていないかなど、繰り返し確認し調整することが大切です。
フリーアドレス制度の利点を最大限に生かし理想のオフィスに近づけるには、常に検証し改善する必要があります。